最初にお断りしておくと、以下の記述は東京・丸の内で2009年10月1日から11月30日まで開催中のコミュニティサイクル社会実験の現場をたまたま通りかかった野次馬の視点でレポートしたただの“インプレッション”記事です:
(前回からの続き)私たち「ヴェロクラブ」メンバーはまず、平日の昼過ぎに東京・丸の内大手町ビルにあるJTB丸の内支店を訪れた。ウエブで読んだ情報によると、ここともう一つ、有楽町のJTBオフィスの2カ所でのみ「ユーザー登録」ができる、ということだった。
調査隊は大手町のほうの「エントリーポイント」にまずアクセスすることにした。しかし、これがまた分かりにくいところにある。登録場所は、要するに JTBさんの営業所の中にあったのだが、変な幻想を抱いていた私たちは、オシャレな登録用KIOSKのようなものが Registration という看板とともに街中に立っていることを想像していたものだから、なかなか目的地にたどり着けない。結局、くだんのJTB営業所内の旅行受付カウンター にたどり着くと、デスクの横に2種類のパンフレットと登録用紙一式がとっても地味に置いてあったのだった。
でも、よく考えてみたら、タイムトラベラーになって未来の東京にワープしてみると、この種のサービスが一般に普及した社会では、コミュニティサイクルの登録・申込窓口は多分コンビニのレジや郵便局のカウンターだったりするわけで、上記のシーンも“未来眼鏡”を通して見れば、ちっとも不自然ではない。
カウンター越しにJTBのスタッフの方から説明を受けた私たちは、登録時に2000円を支払い、さらに利用時間に応じて課金される、と説明を受けて、意気消沈してユーザー登録をあきらめて退散したのだった。丸の内のショッピングエリアと皇居周辺をぶらぶらとサイクリングしようと思うと、約2時間の利用で2000円前後かかる計算になる。確かにこれは高過ぎる。
実験エリア内には「エコポート」と名付けられた自転車の貸出と返却を行うドック施設が5カ所あり、これらを行き来する分にはせいぜい5〜10分の使用で、この場合は利用料金はタダとなる(エコポートから自転車が切り離されている時間が30分以内は無料)。そもそも自転車にはカギがついていないため、道端に停めたまま自転車を離れることはできない(24時間以上放置すると4万2000円が請求される。万が一盗まれたらオシマイだ)。つまり、今回の実験ではサイクリング目的の利用はあまり推奨されていないのだ。
エコポートにはドック施設があり、自転車のフレームに装着されたロックをドック側の装置に挿入することで、ドック装置が「返却」と認識する仕組みになっている。利用する際にはドック装置にあるSuica/Pasmo読み取り機のような機械にユーザーカードをかざすことで、ロックが解除される。それぞれの自転車を誰がどれだけの時間利用したかは、ロックが解除されている時間をシステムが記録することによって計測され、管理されることになる。システム上はユニークユーザーの利用形態、たとえばどの自転車をどのポートからどのポートへ移動したか、といったことも記録できることになる。
以上の仕組みは、パリのヴェリブと だいたい同じシステムだ。ヴェリブの場合、ユーザーが支払う基本料金(登録料金)は一日1ユーロ、一週間5ユーロ、一年間29ユーロである。利用料金は 30分まで無料、30分を過ぎると、31~60分は1ユーロ、61~90分は2ユーロ、その後30分延長するごとに4ユーロの追加料金がかかる。24時間以内に返却しないとペナルティがある点、“ステー ション”に自転車をロックするコンセプトやSuicaのようなカードが使用できる点も同じだ。
(30分以内を無料とする考え方は、パリのヴェリブの場合、事前のアンケート調査によってパリ市内における自転車の平均利用時間が25分という数字が導き出されていたからだと言われている)
使用されている自転車はパナソニック製のミニヴェロである。ヴェリブのデザインと比べてしまうと見劣りしてしまうが、あくまで実験段階で一般の自転車を流用しているという言い訳は立つ。荷物カゴはない。ショッピング客や観光目的のユーザーではなく、丸の内や大手町のビジネスマンを対象としているのだろう。調査隊が視察していた30分くらいの間に、ポートに現れた利用者の数はわずか2名だった。いずれもビジネスマンである。オフィス間の移動に使っている感じだ。
とはいっても、彼らは随分使い慣れた様子で、エコポートのそこそこ洗練されたデザインと合わせて、なんとなく未来を垣間見させるような好印象を与えていた。
実験は明らかにパリのヴェリブを参考にプラニングされている。果たして東京という大都市でパリのヴェリブ同様の成功を収めることができるだろうか。
今回東京・丸の内で行われたコミュニティサイクル社会実験を見てすぐに連想したのは、アポロ11号のアームストロング船長が月面に降り立ったときに発したあの有名な言葉だ。マイクロ・サービスとはいえ一つのシステムを現実に運用するところまで漕ぎ着けたことは、評価されるべきである。当事者の方々も失敗はしたくないし、我々としても失敗してほしくない。データ収集とシステムのテスト運用という点で小さな一歩を踏み出し、ビジョンの提示という点で今後への期 待を持たせることができた、という意味で今回の実験は「成功」だったとするのが公正な見方なのだろう。
(参考文献:「パリ流 環境社会への挑戦—モビリティ・ライフスタイル・まちづくり」森口 将之(著)鹿島出版会)